関門海峡(壇ノ浦)傍のみもすそ川公園はなぜ川なのか【どこフォト】

  • 2018年6月14日
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関門海峡(壇ノ浦)傍のみもすそ川公園はなぜ川なのか【どこフォト】

普段、気にも留めない場所も注意して見てみると実はとても魅力的だったりする。そんな場所があなたの身近にあるかもしれない。山口県のどこかを写真で紹介するコーナー【どこフォト】

関門海峡を望む場所にあるみもすそ川公園。幕末期は馬関戦争(下関戦争)の舞台となり、平安時代末期は壇ノ浦の戦いの舞台として有名です。国道沿いの細長い公園には長州砲・平知盛と源義経像などのオブジェが建っています。

長州砲

長州砲

文久3年(1863年)から翌年にかけて関門海峡で行われた馬関戦争(下関戦争)で使われたレプリカです。5門並ぶとかなり迫力がありますね。後で知ったのですが、このうち1門は100円を入れると音や煙の演出が楽しめるそうですよ。(せっかくなら試してみたかった…)

海の前なのに何故川の名があるのか

ふと考えると海が目の前なのになぜ公園の名前に川がついているのでしょうか。答えは源平最後の合戦「壇ノ浦の戦い」にありました。

地元の方や歴史好きな方はご存知かもしれませんが、壇ノ浦の戦いで平家側の安徳天皇(当時8歳)と一緒に海に身を投げた二位ノ尼。彼女の辞世の句「今ぞ知る みもすそ川の御ながれ 波の下にも都ありとは」に由来するそうです。

幼い天皇に「海の下にも美しい都があります」と諭した下の句は知っていましたが、上の句のことは知りませんでした。
みもすそ川は平清盛にも縁がある伊勢神宮傍を流れる五十鈴川(いすずがわ)の別名で、安徳天皇(清盛の孫)は伊勢平氏の流れである。そんな幼い帝にも海の下に都がありますと詠っているのです。

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